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文化を翻訳する

カテゴリ : お山生活 2019.05.31

先日、ある会合で「文化を翻訳する」という言葉に出会った。
私の心に突き刺さる感覚を覚えた。

湘南と呼ばれる地は、もともと明治から別荘文化として栄えた地である。
鎌倉幕府が滅びたあとは、鎌倉も江戸時代には史跡めぐりに
人が訪れる程度で、漁村と農村くらいなものだったという。
それが、医師であったエルヴィン・フォン・ベルツ氏の提唱により
この地の海水浴場開設に大きな影響をうけ、
湘南全体で次々と海水浴場が誕生し、結核の療養のサナトリウムが
発展していく過程で、富裕層向けの別荘文化が根付いて行った場所である。
それも、大磯、茅ケ崎、鵠沼、鎌倉、逗子、葉山と
それぞれすぐにはわからない特徴があるのだ。

その名残は、形を変えながらも今の時代まで脈々と続いているのが、
この湘南という地なのだ。
別荘文化のある、京都や軽井沢も同じように、古い歴史を重ねることで
その土地らしい文化を作り上げてきた。

そういった長い文化的背景があってこそ、今この土地の醸し出すムード
というのは出来上がる。
建物というハード面は、必ずそうした文化というソフト面が大きく影響を
及ぼしているのだ。
湘南の中でも特に鎌倉という地は、文化人たちの足跡が、
我々の暮らす現代でも、まち全体のイメージにも繋がっており、
人は、文化というソフト面を知ることで、
初めてまちの核を理解できることも多い。
まちというのは、建物などのハード面で成り立っているわけではなく、
それはあくまで側面なのだと感じている。
それが「まちの記憶」というものなのだろう。

それらが形成されていく文化的背景とは、なんだったのか。
今でも人気の地である所以とはなんなのか。
そんなことをひとつひとつ紐解く作業は、文化を翻訳していく力次第で、
そのまちの魅力の見え方・捉え方は変わっていく。
まちの魅力というものは、ハードとソフトの黄金律で成り立っている
と最近よく思う。
この捉え方を間違って黄金律が変わった時に、まちが崩れ始めるのだろうとも思うのだ。

となると、その翻訳力が落ちれば、まちへの理解度も落ちていく。
ということは、きちんと誰かが脈々と伝えていかなければ、
人や開発によって変化するまちの記憶は、塗り替えられていくということ。
別荘文化として変化し続けた地であるから、変化はあたりまえ。
でも記憶が重なるのではなく、知らないまま塗り替えられるとなると、話がちがってくるだろう。

鎌倉という地は、今でもアカデミアな部分が根強く残る地である。
まるで町全体が、ある意味「大学」ともいえるという話題が、
その時の会合でもでてきた。
そういったまちの見えるようで見えないソフト面を読み解く、
「翻訳力」があると、自分がその町になぜ引き寄せられるのか。
何を崩してはいけないのか、どこに同調するのか、何を重んじるのか。
そんなことがわかってくるのではないだろうか。
これはまちの民度にまで、大きく左右する力なのだと思う。

そうした繊細な作業を重ねることで、その地域の住民として、
どうあるべきかを知ることとなる。
決して堅苦しい話ではなく、たぶん自然と「こういう自分でありたい」
という気持ちが芽生えるのだと思う。
それは友達に対して、傍若無人な態度をとらないのと同じようなものだと、
私は思っている。