SUMIBITO

俯瞰する力について

カテゴリ : お山生活 2018.06.12

昨日、ある方とお話をしていて、
「ものごとを俯瞰してみれる人が減っている」ことについて、
話題になりました。
私もさまざまな分野で、いろいろな方々がそのことをおっしゃっているのを
耳にしています。
確かにちまたで聞く苦情や社会的な問題・課題は、
個人的感情や小手先での修復によるところが多く、
客観的に捉えていないことが増えていると、感じざるを得ません。

俯瞰するというのは、やはり
「長期的な視点で物事をみたときにどう見えるのか」
が重要になってくると思うのですが、
「今」自分自身に起きている問題を、「今」なんとかしてほしい。
「今」できることで、とりあえず「今」をやり過ごす。
そんな傾向が強い社会現象は、なぜ起きているのだろうと、
この現代社会における問題点はなんなのだろうと、
一人考えることがあったので、よい対話の時間でした。

ここで、詳細について正否を考えるということはしませんが、
ニュースや人々の口に上る問題、自分が街を歩いていて感じる物事
について、常にその先にどのような問題・課題が待っているのかなど、
本質を知ることの大切さを考えるようにしています。
見たくない、考えたくないこともたくさんあるけれど、いつまでも
蓋をしておくわけにもいかないのです。

ごくごく簡単なたとえを使うなら、
自分自身の体で起きていると、思うことでしょうか。
食べたいものだけを食べて、「今」の満足を追求していれば、
いずれ体にはトラブルが起きます。人は食べ物でできているということを
忘れていれば、いつか病気を引き起こす。重大な病気を引き起こせば、
命にかかわることもある。
それと同じことが、たくさん社会問題として起きている。
今、個々の感情で強い苦情をいえば、またどこかで歪が起きてくる。
それに対して、またどこかで強い苦情が生まれる。それを小手先で修正する
そんなことをしていれば、いつの日か辻褄が合わなくなって
やがて問題は、手の付けようのない大きなものへと変化する。

私たちは、一人で生きているわけではなく、社会という仕組みの中で
共存している。もっと広い枠では、地球という枠のなかで生態系の一部として共存している。
自分勝手、人間勝手がやがて、大きな歪みをつくりだし、
やがて気づいた時には、後戻りできないこともたくさんある。

「木を見て、森を見ず」
とてもいいことわざです。
ダイレクトに環境のことから、社会、地域、働き方、教育など
色々なところで今過渡期に来ているのだと、多くの人が思っていることではないでしょうか。
俯瞰的に見る人が減るということは、ゆくゆくは私たち自身に
そのツケは必ず戻ってくる。

ものごとを俯瞰する習慣と本質を見抜く力。
何においても、今一番求められている能力ではないかと、感じています。
世直しヒーローが突然現れて、みんなの意見をすべて解決してくれる
素晴らしいスーパーヒーローなんて、現れません。
それを期待して他力本願でいても、モノゴトは悪くなるだけでしょう。
そして、すべて起きていることは、自分には関係のないことではないと
思うこと。結局のところ、ジブンゴトとして解決していかなくてはいけない
時代が、とうとうやってきたのだと。
そう思うと、たとえ小さな声でも、
小さいながらに挙げていく時代なのかなと思っています。
こんなことを、みんなで対話していく場がほしいと考えています。