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人生と一日と 第1回 

カテゴリ : 住む人日記 2019.10.14

16歳の秋、コンビニのバイトで貯めたお金でカメラを買い、写真を始めた。家族で行ったショッピングモールに偶然、ニコンのショップが入っていて、3万円くらいの安売りカメラを買った。あれから、まだ10年と少しの歳月しか経っていないのかと思うと、自分の未熟さを痛いほど思い知らされるし、いまも写真を続けていることに少し驚きもする。

当時、高校生だった私が写真を始めたことに深い動機などなかった。登下校の途中に川辺の植物や空をただ撮っては、たまに母親や祖父に見せたりして、「あんた、上手いじゃないの」と褒められ、素直にのめり込んでいった。撮るという単純で自己完結な行為は、なぜだかとても静かで、安堵という言葉に似た心地だった。まだ、写真家という仕事を意識する前のことだったと思う。

学業にとても疎かった私は、高校生になっても音読ができず、誤字脱字も酷く、よく笑われた。暗記も苦手で、単語を200回書いても、たった10点満点のテストで半分もとれないことが悔しくて、悲しかた。十代特有の人間関係にも馴染めず、もちろん、当たり前のようにイジメもあったし、そのことはもう、この原稿を何十回と直したが、書こうと思っても書き進められない。あの頃は、人生というより、一日を生きることで精一杯だった。
教員だった両親の知り合いも務める学校で、何事もないように振る舞うことで精一杯で、あの頃はもう半分以上、お頭がおかしくなっていたと思う。どうにか迎えた卒業式の日、謝恩会を欠席して正門をでると、安堵して号泣したことを覚えている。

写真家になりたいと思い始めたのは、18歳の春だった。お昼に図書室でお弁当を食べながら目にしたクウネルという雑誌。いつかここに自分の写真が載ったら…そう思うようになっていた。決心したのは、卒業式から帰った30分後くらいに起こった東日本大震災がきっかけだった。
既に一般大学の受験に失敗し浪人が決まっていた私は、普通予備校に通うことになっていたが、3.11を境に、一度切りの人生なのだからと思うようになっていった。それは間違いなく大きな転機だったと思うし、なにかしら、他の多くの人にとってもそうだったのではないだろうか。

もし、10代のあの頃、写真と出会えていなかったらと想像すると、少しぞっとする。大袈裟に聞こえるかもしれないが、好きな写真を辞めたくない一心で、毎日を生きていたと思う。
それは今でも、変わっていないような気がする。

(第二回に続く)

『住む人』最新号を編むにあたり、この「人生と一日」というテーマが浮かびました。
決して不幸話や苦労話を取り上げるという趣旨ではなく、人生という長尺を考える時、一日という短尺を振り返ることは、避けられないし、そこにある嫌な記憶も、隅には置いておけません。
だからこそ、思い返すことを避けてきた自分が先ずは(まだ若いし、別に大して書くことはありませんが)書いてみると、過去の記憶に脚色や思い込みがないかと精査するのは思いのほか大変で、辛いことをどう受け止め、どう書くかも難しいことに気がつきます。その整理ができると、いろいろなことが、前向きに捉えられるのも不思議です。

人生と一日、そしてそこには、どんな暮らしがあったのか。
本誌では、人生の小さな参考書的な一冊になるのではと、思っています。

写真は、浪人時代に撮った思い出の和泉多摩川です。

住む人編集部 K.H